暮らしと仕事と

朝、1日のはじまり。

鳥の声で目を覚ます、と書けば津屋崎らしくていい響きだけれど、
実際には子どもたちの喧嘩の声で起こされることの方が多い。
彼らは常にエネルギーが有り余っている。羨ましい。

食卓に並ぶのは、田んぼで作った米と、味噌汁、それにぬか漬け。
毎朝だいたい同じようなものを食べている。
でも、不思議と飽きない。むしろ、体にとても馴染んでいる。
子どもの頃はずっとパンを食べていたのだから、もともとそんな風だったわけじゃない。
暮らしに合わせて、体の方が少しずつ変わっていったのかもしれない。

4歳になった3番目に見送られて、仕事に向かう。
といっても、仕事場はすぐ近くで、通勤というほどでもない。
不動産屋なので、家や土地を見に行ったり、大家さんのところへ行ったり、
津屋崎近辺を常に行ったり来たりしている。

事務仕事は、そこそこ多い。書類の山。
とはいえ一日中、机に向かっているわけでもない。
海が見たくなれば、海を見に行くし、お茶したければ、お茶をする。
まあ、実際には海を見たくなることはそうそうない。
海はいつでもすぐそこにあって、良き隣人になっている。

いくつかある仕事の拠点を回っていると、
「ちょっと古橋くん」と呼び止められて、立ち話が始まる。
少しのつもりが長くなって、気づけば予定していた仕事がほとんどできていない日もある。
それでも、まあ明日でいいか、と開き直る。開き直るしかない。
不思議なのは、そういう一見何気ない時間が、
あとになって、仕事の助けになってくれていたりすること。
生かされている、というと誇張しすぎだろうか。

津屋崎に住んで、このまちで仕事をしていると、
暮らしと仕事の境目はどんどん曖昧になっていく。
その曖昧さは、なんだか心地よかったりもする。
僕らはみんな、生きるために生きている。
今日も明日も、明後日も。

この記事を書いた人

古橋 範朗のアバター 古橋 範朗 暮らしの問屋|代表

1982年、京都生まれ。

立命館アジア太平洋大学卒業後に上京。ベンチャーの不動産会社を経て、西国分寺の「クルミドコーヒー」にオープンスタッフとして参画。カフェによって地域に化学反応が起こっていく過程を目の当たりにする。2013年1月、結婚を機に、福岡県福津市にある港町、津屋崎に移住。2013年8月に株式会社畔道設立。家や地域と共にある “人の暮らし” を大切にする不動産業「暮らしの問屋」を立ち上げる。

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